私がオーストラリアにワーホリに来たきっかけ

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きっと今、ワーホリに行きたいけど不安、勇気がないって人たくさんいるんじゃないでしょうか?

英語が喋れないから大丈夫かな、仕事はゲットできるのか、ワーホリ終わった後はどうしよう、、、等々あると思います。

私もそれ思ってました。

でもそれ以上に、とりあえず海外行きたい!っていう気持ちが強かったので、まぁどうにかるでしょーって気持ちでオーストラリアに来たら、その4年後の現在、結婚・妊娠し、メルボルンで長らく過ごすことになりました(私の人生がこうなるとは想定外でしたが)。

今は落ち着いた生活を送っていますが、ワーホリ中はいろんな場所を転々とし、ファームも経験しましたし、サバイバル生活送ってました(笑)。

今回は、この記事を読んでそういう人たちの背中をポンっと押せたらなーと思い、私がワーホリに来るようになった経緯についてお話ししたいと思います。

以下、この記事の目次です。

両親は幼いころ離婚、田舎で18歳まで過ごす

私は大分で生まれ、両親は5歳で離婚し、高校卒業まで母が女で一つで私を育てました。

ちっちゃいころからこんな田舎で一生過ごすなんて嫌だー、絶対東京に出てやるーって思ってたのですが、うちは裕福な家庭ではないし、どうすればこんな田舎から東京に行けるのかと考えたところ、進学校に行って東京の有名大学に進学すればいけるじゃん!という考えに至り、猛勉強してました。

その結果、高校は大分で成績1位の進学校に合格、大学は東京の六大学に進学しました。

本当に東京に行きたい気持ち一心で(笑)。

 

特にやりたいことないまま就活時期へ

と、とりあえず東京に出ることはできたものの、ただただ仲間とオレンジデイズのような毎日を送り、気が付けば就活の時期。。

そもそも東京に出たかった理由は、東京にはなんでもあると思っていたから。

きっといろんな可能性が転がっていて、自分のやりたいことをみつけられるんじゃないか、その見つかった夢をかなえられる場所だと思っていました。

でも、大学ではたいして勉強もせず、毎日仲間とばかみたいに遊ぶのが楽しくて、やりたいことなんて遊ぶことしかなかった(笑)。

そしてもう一つ、学生時代に力を注いだこと(?)はとにかく海外旅行へ行くこと。

バイト代を貯めては海外旅行へ行き、また貯めては違う国へ・・・をずっと繰り返してました。

海外の人はみんなオープンだし、親切だし、自然もたくさんあるし、将来何したいかって海外に住みたい!でした。

だからといって、英語もしゃべれないし、お金もないから留学なんてしなかったし、海外で働ける仕事に就職するなんて無理だなーって思ってました。

だから、就活の時は就きたい仕事が見つからずなんとなく銀行やらメーカーやらITやらいろんな業種を受けてたけど、結局ギリギリまで内定をもらえなかったです。

これからやりたいと思えない仕事のために私の人生一生を注いでいいのかなー、って就活中はいつも思ってました。

でも、なんとか大手人材派遣企業から内定をもらい、翌春から名古屋へ配属に。

 

理想とは違う毎日を過ごすことに価値を見出せない日々

仕事は営業で新規開拓、毎日暑い名古屋の街中を何件も飛び込み営業してました。

そもそもなんで人材派遣企業にしたかというと、いやな仕事するより好きな仕事をした方が人の人生の幸福度を高いから、その仕事を提供できる仲介役となるような役割をしたい!と思ったから。

でも、現実はスキルのある人じゃないと企業は雇ってくれないし、働きたい人も正社員で働けるスキルがないから仕方なく派遣登録してるのであって、双方のマッチングなんてなかなか厳しい。

そもそもお互い高いモチベーションじゃないから、マッチングして就業開始してもトラブルは起きるしクレーム対応にも追われるし、私の求めてた理想図とは違いました。

毎日遅くまで仕事して、そのあとも会社の飲みに付き合い、結局家着くのは12時過ぎなんてこともしょっちゅう。

そんな生活の中で私は強く思っていたことが、「こんな毎日ずっと過ごして年取るなんて嫌だー私の人生なんなんだろう・・・」でした。

そしてその好きなことはやっぱり海外に行くこと。

いつか住んでみたいなーという気持ちはずっと持っていました。

 

幼馴染のFacebook投稿がきっかけでワーホリ行くことに

そんなときに見つけたのが、幼馴染がFacebookに投稿していたオーストラリアライフの写真。

小学校以来全く直接連絡を取り合っていなかったのですが、なんで、どうやってオーストラリアにいるんだろう?と思い、思い切ってDMを送ってみました。

そこで知ったのがワーホリ制度。

このワーホリ制度、就活の前に知りたかったよーって思いました。

彼に話を聞いた途端、もう気持ちはそっちに向いてしまい、新卒で入った大手企業を半年ちょっとで辞めてしまいました。

もちろん、親や上司は反対。

英語だったら日本でも学べるじゃないか、お金だって日本で貯めれるじゃないか、今じゃなくてあと3年後海外でやっていける実力をつけていったほうがいいんじゃないか、仕事が忙しくて時間がないは言い訳なんじゃないか、等々言われました。

だけど、私から言わせたら、30歳からの3年間と、20代前半の3年間は重みが違うんだよーって。

たしかに英語力もお金もないけど、今動くことで得られる経験の量はかなり違うんじゃないかって思ってました。

なにより人生限られた時間しかないのに、それをやりたいと思えない事に捧げる毎日が本当に無駄だと感じていました。

やりたいこと見つけた私の心はキラキラしていたので、何言われても負けませんでした。(笑)

そして無事退職した2週間後すぐにオーストラリアに来たのでした。

 

伝えたいこと

せっかく有名大学も出て大手企業にも就職したのに、それらの経験を捨ててワーホリいくなんて・・・ってきっと周りに思われてました。

でもその当時の私にはそんな肩書や、保証された将来なんかより、自分が歩みたい人生を歩むことが何より大切だったんです。

とりあえず大学を出て就職しなければいけない、というようなレールに敷かれた人生を歩んでいる感じがすごく嫌でした。

安定した現状を捨てて約束されない未来に賭けることを恐れている人たくさんいると思います。

だけど、やりたくないことして年取って後悔するより、やりたいことやって失敗して後悔したほうがよくないですか?

少なくとも私は、別に失敗してもやりたいことだからいいやーって思ってました。

だからワーホリ生活は貧乏でサバイバル生活だったけど、日本で過ごしていた時より何倍も充実した時間だったし、ささいな幸せに気付ける自分になりました。

幸せな人生を送るって、自分が過ごす時間にどれだけ価値を見出せるか、だと思います。

長くなりましたが、少しでもワーホリ行くか悩んでいる人がこの記事を読んで前に進めますように!

 

 

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